諦めが良すぎるのも考えもの…? 

父のことがあってしばらく更新をお休みする前、デジピでの限界とタワシの今後の方向性について、つらつらと書き綴っておりました。(コメントくださった方々、遅ればせながら昨日レス書きましたのでご覧くださいね)
簡単に言うと、「クラシックに比べてデジピの制約を感じることの少ない、ポピュラー系の曲を、練習のメインに据えようかなと考えている」ということです。

その時の、タワシの文章の書き方が悪くって「クラシックから(完全に)撤退する」と言う印象を与えてしまったようです。
正直、一時それに近い気持ちを抱いたこともありますが、今はクラシックとポピュラーの間に線を引いて「引越し」をしようという気持ちはそんなにないんです。

某SNSで、Sお師匠様がこんな記事を書いてました。
某マイミクさんが「電子ピアノでの練習では限界があるから、クラシックから撤退する」というような趣旨の記事を書いてて、(中略)
なかなかうまくならないというのはピアノを練習する人なら誰でも持つ悩みだと思うんだが、「今すぐ」どうにもならなくても「いつか」と夢を持ち続ける、諦めない人が結局はうまくなるのではないか。今電子ピアノしかなくても、たとえば10年後にいい楽器を持つことに夢と希望を託せばいいのでは。


もちろん、某マイミクとは、タワシのことです。
そっかぁ。
「一生、安物デジピと付き合い続ける」という前提でしか考えていなかったけど、(そして今の経済状態や住居環境を思うとそれが一番現実的な可能性ではあるけれど、)
やっぱり夢がなさすぎたかな。。。
と思うタワシでした。

楽器のことだけじゃなく、何事に関しても、タワシはあまり執着心というものがないんですよね。
諦めのいい性格ともいえましょうか。
よく言えば、与えられたものや環境でそれなりに満足して生きていけるヒトなので、タワシのようなビンボー人には得な性分かもしれません。
でもピアノ(に限らず芸事一般)の上達ということを考えると、もう少し「諦めの悪さ」が必要なようです。
そういえば実際に曲と向かい合うときも、身の丈にあった曲を見極めるのが得意(?)なタワシは、ちょっと練習してみて自分の実力にあまると思ったら、本当に潔く手をひいてしまうところがあります。
音楽鑑賞専門のサークルにいたので、自分の手で弾けなくても誰かが上手く弾いてくれれば、それを聴いて満ち足りてしまうんですよね。
でもそれじゃもったいないと、S師匠は言ってくださいました。

もういちど師匠のコメント引用しますね。
本当にいいセンスしてるなぁといつも思うのです。
なのでもうちょっとだけ、諦めの悪さとかそういうものがあったらいいなぁと思うのですよ。今の自分、明日の自分、1年後の自分、さらにその先の自分... きっと思い描くことで、思うように変わっていくはずです。

「いいセンスしてる」ってとこだけは、弘法も筆の誤り、師匠も目の狂い?があると思うんですけどね(アレンジの勉強しながら、しょっちゅう自分のセンスのなさに嫌気がさしているんですもの・・・涙)
でも後半は文句なしにいい言葉だ~☆
心に刻もうと思います!